【人は生まれた時から罪人】私が知る、聖書の奥義を教えます

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    罪の定義

    罪 聖書

    聖書で最も多く使われる言葉は「罪」です。ヘブル語で「ハター」、ギリシャ語で「ハマルティア」といいます。罪の意味は、「失敗すること」や「的を外すこと」も含まれています。

    罪は宗教的な概念だけではない

    お金 偶像

    たとえば、旧約聖書に出てくるイスラエルのベニヤミン族の石投げの精鋭たちが「一本の髪の毛を狙って投げてもハターしなかった(外さなかった)」という場面が書かれています。これはどういうことかというと、正確に的を得たともいえるわけです。

    また、旧約聖書の箴言には「急いで決断すると道をハターする(誤る)」と書かれています。これは、失敗する(=罪)という意味です。どんな時に罪に陥るかがわかりますね。

    人間が罪の道を選択した

    偶像 推し 生きがい

    人間を語る上で、残念ながら罪を外すことはできません。それくらいに密接です。聖書の冒頭では、人間とは神の御形(みかたち)に造られた聖なる生き物であると書かれています。あの、万物・天地創造の創造主を形どっているということ。それはつまり、尊敬に値する存在だと述べられています。そんな素晴らしい人間が、神様よりも罪を選んだ結果が、今の世界なのです。

    罪の結果、本当の神様がわからなくなる

    罪 ヨブ記

    人間が、創造主である神様へと敬意を払うことは、生きる上で大切なことです。なぜなら、人間は神様を求めるように造られています。とはいえ、大半は聖書を知らず、本当の神様を知らず、異教の神を拝んだり、何かを偶像視して穴を埋めようとしています。話を戻しますが、つまり、人間とは創造主である神様を拝むように造られています。親であり、私たちの根源にもあたる方ですから。

    他者に対して敬意を払っている?

    神様だけでなく、人間が人間に敬意を払うことも重要です。聖書を読んでいきますと、そう思わされます。これこそが、正しい人間(=義)の姿勢です。なぜなら、人間は神様に形どられていますから。この地上のあらゆる人間が該当します。なんという神秘でしょう。

    万物を創造された神様の姿や性質を形どられたのですから、本来であればみんながみんな、互いに愛し合うのが自然でした。しかし、ここに罪が入っていき、人間には形こそ保てど、中身から腐敗していきました

    罪は「悪」を指しているわけではない

    罪 聖書

    大前提、悪は悪です。避けて当然です。罪に含まれます。しかし、人間が「善かれ」と思ったことでも、神様から見れば、罪であることも多いです。つまり、罪の範囲は、あなたが思っている以上に大きいです。どういうことなのか、イメージできますか?

    自分の判断を過信する罪

    偶像 推し 生きがい

    たとえばの話です。自分を過信することは、多くの人がやりがちです。罪に該当します。その上、自分自身の過ちに気づかないことがあります。むしろ、正しいとか、成功していると誤認することがありますよね。すべては、自分を過信しているからです。

    エジプトのファラオの罪

    罪 聖書

    聖書には興味深いことが書かれています。たとえば、エジプトのファラオ。彼は経済と防衛力を強化するために、イスラエル人を奴隷にしました。自国のためならば、異国の人間はどう扱おうと自由だという過信です。これが大きな過ちであるとに、彼は気づきませんでした。結末としては、モーセ率いる「出エジプト」へと続きます。エジプトには神様の怒りが振るわれ、塵芥のように砕かれました。

    罪は人間の「自己欺瞞」を反映

    偶像 推し 生きがい

    人間は基本的に、自分自身を欺きます。そして、間違った判断を正当化するために、幻想すら生み出します。いかに自分中心に物事を考えているのか、失敗であれど、そうそう認めたくありません。意固地、高慢(プライド)が高いともいえます。

    カインがアベルに嫉妬する罪

    罪 聖書

    旧約聖書の創世記に登場する、カインとアベルの物語でも罪の描写があります。カインは、弟アベルに対する嫉妬心がありました。神様からの立ち戻るための呼びかけに取り合わず、最終的に弟を殺してしまいます。自分と他人とを比べるといった嫉妬は、殺人にまで及んでしまうのです。

    罪のはじまりは「誘惑」

    罪 聖書

    先ほどのカインの罪ですが、彼には不道徳な感情に支配されていました。神様はそれを知っておられたので、彼に手を差し伸べていました。しかし、カインには誘惑に魅了され、神様から離れていきました。

    まるで、飢えた野生の動物のように、誘惑に首っ丈で、行動が衝動的でした。このように、聖書では、罪によって人間関係の崩壊や自己中心的な行動を引き起こすことを歴史を通して記載されています。現代の私たちにも通じる話なのではないでしょうか。

    神様は人間に「十戒」を授けた

    生きやすくなる 十戒とは クリスチャン

    そういうことで、人間は基本的に罪を重ねています。カインのように嫉妬もするし、ファラオのように自分が正しいと過信することだってあります。そのためなら、他者がどうなろうが知ったこっちゃないという精神すらあります。知らずのうちに高慢になっており、他者を思いやる心もなく、すべては自己中心的に生きてしまいがちです。人間の意地汚さは、罪の結果です。そして、これを正すのが、モーセによる「十戒」です。

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    十戒は過去の産物ではない

    富 お金 聖書 神様

    時折、クリスチャンの間では討論されます。意訳しますが「十戒はモーセの時代のものであり、現代は守らなくていい」と。また、「ユダヤ人が守っているもので、宗教的な戒律なだけ。他の人種には関係ない」とも。・・・ハッキリいいますが、これらは浅い見方です。大丈夫です、今からしっかりと確認していきましょう。

    十戒は人間が罪を犯さないための教え

    罪 聖書

    そもそもですが、十戒をよく見ていくと、絶対に誰もが守れるようにできています。「何がなんでも無理な内容です!」ではないのです。十戒を理解するためのキーポイントは、「愛すること」にあると私は思っています。十戒には、対象が神様に向けられたものと、人間とがあります。いずれも、愛がなければ守ることはできません。誰もができて、同時に、強制やごまかしは利きません。

    罪とは、失敗するということ

    教会 戻った
    • ヘブル語で「ハター」
    • ギリシャ語で「ハマルティア」
    • いずれの意味も「失敗すること」「的を外すこと」

    これは冒頭でもお伝えしました。もう一度、考えてみたいと思います。つまり、罪とは、失敗することです。「何に?」と思いましたか? 人生そのものとも言えます。

    十戒には、前半に書かれていることは、神様を愛する道を踏み外さないための教えがあります。後半では、人間を愛することに失敗しないようにという教えが書かれています。罪(失敗)しないようにと、道しるべになっているのが十戒なのです。

    十戒の内容

    生きやすくなる 十戒とは クリスチャン

    神様を愛する道を踏み外さないための教え

    十戒(1〜4)
    • 「あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない」
    • 「あなたは、自分のために刻んだ像を造ってはならない」
    • 「あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない」
    • 「安息日を覚えて、これを聖とせよ」

    人間を愛することに失敗しないようにという教え

    十戒(5〜10)
    • 「あなたの父と母を敬え」
    • 「殺してはならない」
    • 「姦淫してはならない」
    • 「盗んではならない」
    • 「偽証してはならない」
    • 「隣人の家を欲してはならない」

    罪を犯さなかったのが、イエス・キリスト

    イエス・キリストとは

    罪について締めくくるには、この方を置いて終わることなどできません。それが、イエス・キリストです。私は敬意をもって、イエス様を呼ばせていただきます。さて、そのイエス様のお役目とは、人間の罪を帳消しにするためでした。大前提、彼は神様でもあります。しかし、その栄光をすべて手放し、人間としてお生まれになりました。

    その神様が、罪まみれな人間を助ける・救うために、イエス様として乙女マリアから誕生されたのです。イエス様は、罪を一つも犯しませんでした。ここがとても重要です。罪を犯さない人間の犠牲によって、人類が救済されるという律法(=世界の秩序であり、覆せない法則)を達成することができるからです。

    「イエス様の死が、自分の関係あるの?」

    イエス様 祈る

    先ほどのお話は、一気に難しく感じた人もいるかと思います。昔の私は、これをはじめて聞いた時に「イエス様と私って、関係あるの?罪とか救いとか、意味がわからん」と。ところが、聖書を読み進めていくと、イエス様の死は、全人類に関係のあることだと理解しました。

    当時の自分は、聖書を読んでいくことで、人生最大のカルチャーショックのような衝撃を受けました。この世界といい、神様といい、何も知らずに生きてきたんだなと思い知らされました。聖書を読まずして、ここについては理解できません。そして、誰かの要約ではなく、聖書を直接読んでいただきたいと個人的には願っています(すべての人に読んでほしいな・・・)。とてつもない感動と喜びが待っているからです。

    アダムとイエス

    エレン ホワイト 預言

    人間の始祖であるアダム(エバも含む)は、蛇(サタン)の誘惑によって罪を犯しました。彼らの子どもであるカインに罪は引き継がれ、罪を犯し、子孫から子孫へと、やがて人間はもれなく全員、生まれながらに罪を負うことになりました。だから、嫉妬をするし、怒りもする。殺人だってどこにでも起きているのです。もはや、誰かが悪いとかの話ではなく、人間は生まれた時から悲しき存在なのです。

    これを見ていた神様は、きっと悲しまれたと思います。だからこそ、イエス様をお遣わしになりました。そして、人間となられたイエス様だけが、人類史上ではじめて罪に打ち勝ちました。ここが奥義です。その瞬間から、世界の秩序は変わります。アダムというたった一人から始まった罪が、イエス様といった一人によって帳消しにされたのです。ただし、無条件ではありません。ハッキリいいます。信仰です。

    信仰の法則で、罪はイエス様が被ってくださる

    偶像 推し 生きがい

    私はここで、言い方に悩みました。「罪はイエス様が被ってくださる」とは、何だかおかしな日本語にも聞こえるからです。ですが、これこそが一番ストレートな言葉です。私たち人間は、神様ではありませんよね。ですから、弱き人間は、罪に打ち勝てません。ただし、イエス様はのぞいて。イエス様以外の全人類は、誰も打ち勝っていません。誰も死から蘇って、雲に包まれて天に登っていません。

    罪は自分一人の力では、どうすることもできません。苦しみはずっと続きます。人間誰しもが、生きることへの虚しさや疲れ、何かに追われることや悲しみを背負うこと、これらの罪から逃れることができないのです。自分の力とは、何と脆いのでしょう。こういった罪は、即効性もあれば、じわじわと自分も他人も蝕むことさえあります。

    まるで病気のようなこの罪は、イエス様に助けてもらう他に方法はありません。では、どうしたら助けてもらえるのか? だから、信仰なのです。ですから、無条件に罪の帳消しになるわけではないということ。これが、聖書を読んで私が理解した話です。あくまで個人の文章でしかありませんので、一人ひとりが実際に聖書を読んで、神様の言葉で理解していただきたいと願うばかりです。

    すなわち、イエス・キリストを信じることにより、信じる者すべてに与えられる神の義です。そこには何の差別もありません。 人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていますが、 ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです。 神はこのキリストを立て、その血によって信じる者のために罪を償う供え物となさいました。それは、今まで人が犯した罪を見逃して、神の義をお示しになるためです。 このように神は忍耐してこられたが、今この時に義を示されたのは、御自分が正しい方であることを明らかにし、イエスを信じる者を義となさるためです。

    新約聖書 ローマの信徒への手紙 3:22-26

    ※義とは、罪の反対です。

    【さいごに】自分は罪人だった

    罪 聖書

    私は今や、イエス様を信じて生きています。ここにくるまで、私は知らずのうちに罪を重ねてきました。「私は善人な方だと思う」なんて昔から思っていましたが、そんな人は誰一人いないのです。人間の物差しといった、あやふやなものではなく、神様が仰る罪人とは、全人類なのです。やっと、自分の心の汚さや人間の悲しさに気付かされました。生きづらさの理由にも、答えがでました。

    あらゆる悲しみや苦しみ、不安などの重荷は、一生自分で背負っていくものだと思っていました。しかし、イエス様と出会ったことで、イエス様が半分どころか全部をひょいっと担いでくださったのです。心身の苦しさからの解放でした。いかに自分が罪まみれで苦しんでいたのか、その時になってハッと気付かされました。

    イエス様と出会えたことこそが、私の人生の目的地だったのだと思います。だからこそ、イエス様とまだ真に出会っていない方に、神様の奥義ともいえる「イエス様による救い」を知っていただきたいと、心から思っております。

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    \ 聖書には主に「4つ」の訳があります! /

    特徴:一番最新の訳で、読みやすい
    特徴:原語(ギリシア語・ヘブライ語)に忠実
    特徴:20世紀に最も親しまれたポピュラーな訳
    特徴:大正時代ならではの文学感のある文章
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