物では幸せになれないと気づいた話

    私にはいろいろな物欲があります。それと同時に「なぜこんなに欲しがるのか」と、もう一人の自分が疑問を抱くのです。欲求・情動は一体どこから来ているのか。現代病のような物欲について、今一度考えてみたいと思います。

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    幻想を売る社会とマーケティングの本質

    物では幸せになれない

    現代社会では、私たちは常に「価値」という名の幻想にさらされています。マーケティングはその幻想を巧みに利用し、私たちの心の奥底にある不安を刺激して、綺麗な未来や特別な体験を売り込みます。

    たとえば「この商品を手に入れれば、あなたの人生はもっと素敵になる」といった広告。私たちは、物やサービスを通じて幸せになれると信じがちですが、実際には一時的な満足しか得られません。


    足るを知る——これが本当の幸せ

    私の身近な例でいうと「カフェのコーヒー」です。一杯500円。家で飲むより確かに美味しいし、ちょっと特別な時間が味わえます。しかし、これを毎週の習慣にしてしまうと、特別感は薄れ、幸せ感も薄くなります。何が言いたいのかというと、物や体験の価値は、量や頻度が増えると薄れてしまうのです。

    さらに、物が多い生活は意外と疲れます。家の中に物があふれ、日々の買い物や支出も増え、結局心は満たされません。物も事も、ほどほどに。それぞれ天から与えられた量があります。足るを知ることが根底にないと、欲望はとどまることを知りません。


    それでも物が欲しくなる理由

    物を買っても幸せになれないと分かっていても、なぜ私たちは物に執着するのでしょうか?答えは、物質主義と承認欲求です。

    私たちは“いまの自分”だけでは幸せになれないため、幸せを自分の外側に求めがちです。SNSや雑誌、職場や学校など、他人の生活や価値観と自分を比べ、「自分は足りない」と感じると、物や経験を手に入れることでその不足感を埋めようとしてしまいます。

    ブランド品や高級アイテムに惹かれるのも同じです。「一流のバッグを持つ自分は特別」「高級店で食事する自分は素敵」——これは一瞬の優越感や自信を生みます。しかし、物や見た目に頼る幸せは不安定です。物の価値に比例して幸せが増えるわけではありません。むしろ、競争意識や他人との比較が、幸福感を妨げることすらあります。


    消費は一瞬の快楽でしかない

    物を買うと一瞬は満たされますが、すぐに新しい物が欲しくなります。これは人間の順応能力が高いためです。私たちは物を買うと一瞬は満たされますが、すぐに新しい物が欲しくなる。これは人間の順応能力が高いためで、買い物の快楽は長続きしません。

    私自身、買い物は好きです。少額であれどお菓子を買って満足する瞬間もあるし、使わなくなった物を売る楽しみもあります。また、消費の中に「ほんの少しの幸せ」を見つけるために買い物をしている、という側面もあります。だからといって、むやみやたらに物や事を買っていくのは感心できませんね。一瞬の快楽を追ったところで、それはまた繰り返されるだけですから。


    物欲と承認欲求の罠

    それでも私たちは物を欲しがります。なぜでしょうか?その理由は、物質主義と承認欲求にあります。
    私たちは“いまの自分”だけでは幸せになれないため、幸せを自分の外側に求めがちです。SNSや雑誌、職場や学校で他人と自分を比べ、「自分は足りない」と感じると、物や経験を手に入れることで不足感を埋めようとしてしまいます。

    特にブランド品は、その典型。高級バッグや洋服を身に着けることで一瞬の自信や優越感を得られます。しかし、それにはそれなりの費用や手間が伴います。バッグを買うなら、それに見合った服や靴も必要ですし、その服で外出するならレストランも相応の場所を選ぶことになります。結局、見た目を整えるだけでもお金がかかるのです。

    若いうちのブランド志向は滑稽に見えることも

    それを理解せず、若いうちから高級ブランドに手を出す人は少なくありません。10代や20代前半でシャネルやルイ・ヴィトンを持つ姿は、場合によっては滑稽に見えることもあります。中身や経験、精神的な豊かさが伴わないまま、外見だけで自分を飾ろうとしているからです。

    私自身の経験では、貧しい環境や余裕のない状況でブランドを身につける人を見ると、必死さや余裕のなさが表情や態度に出てしまうことがあります。本人は意識していなくても、どこかツンケンしていたり、周囲の目を気にして頑張っているのが見え隠れするのです。中身が充実していないと、外見だけを飾ることが虚無感や焦りにつながります。

    幸せは外ではなく内にある

    物に頼らずに幸せを感じるには、まず自分の足るを知ることが大切です。身の丈に合った楽しみを見つけ、精神を穏やかに保つこと。必要以上に身を飾ったり、高価な物で自分を飾る必要はありません。とはいえ、確かにおしゃれや消費は楽しいものです。しかし、それは「楽しむため」に使うのが理想であり、心の空虚を埋める手段にしてはいけません。ここをいかに弁え、自制しながら楽しめるかです。


    まとめ

    • 物やサービスは一時的な幸福しか与えない
    • 他人との比較や承認欲求が物欲を増幅させる
    • 若いうちからブランドに手を出すと、逆に滑稽に見えることもある
    • 足るを知り、身の丈に合った楽しみを見つけることが本当の幸せ
    • 外見やブランドに頼るより、内面の満足感を優先する

    物では幸せになれない、幸せは買えない——それを知ることが、心を自由にする第一歩だと思っています。物は何のために買うのか、そこも改めてよく考えていきたいポイントでしょう。幸せは買えるものではないですし、得るものでもないのかもしれませんね。足るを知れば、すべて解決するのだと個人的には思っています。

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