【普通の人になりたい】普通の人生に憧れた私の悟り

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    普通の人になりたいと思うあなたへ

    「普通の人になりたい」「普通の人生を送りたい」そう思って検索している人は、きっと今、心穏やかではないとお察しします。迷いや焦燥、不安などがきっとあると思うのです。私もそうです、そうでした。

    • 自分だけがうまくいっていない気がする
    • 周りと比べて遅れている
    • 人生がぐちゃぐちゃに感じる

    そんな感覚の中にいるのではないでしょうか。ですが、これは誰もが通る道だと今なら思います。それでも、この不安な気持ちとどう向き合って、日々の選択をしていくのかは人それぞれ。そこで人生は少しずつ変わっていくものだと思っています。


    私は「普通の人」になりたかった

    普通に憧れたのは、私は高校生の頃です。きっかけは、その高校生時代で大きな挫折を味わったからです。まず、高校受験で挫折し、滑り止めで入った高校で馴染めず、なぜかいじめを受け、怖さと悲しみで不登校になってしまったからです。あの時はもう絶望でした。引きこもりになってから、私の世界は真っ暗になりました。「もう中卒になってしまうのかな」当時は本気でそう思い、心が折れました。元々、真面目っ子な私でしたから、なおのこと自分の生き方に羞恥と強いショックを覚えていました。

    けれど結論をいうと、転校でき、大学にも行かせてもらえ、一人暮らしができるようにステップを踏んでいきました。当時は人生の終わりがきたと心から嘆き、諦めかけていましたが、人生って案外終わらないんですよね。それでも、「普通の人になりたい」という願いだけは消えませんでした。いじめ・不登校・転校は私を「普通」から離れさせた試練でもありました。心の棘です。


    普通の人生とは?|多くの人が思い描くテンプレ

    まず整理しておきたいのが、「普通の人生」とは何かです。一般的に言われる普通の人生とは、

    • 学校に通い、就職する
    • 安定した会社で働く
    • 結婚する
    • 子どもを持つ
    • 老後まで穏やかに暮らす

    いわゆる、テンプレートの人生です。どこかで聞いたことのあるような、順調で平和な生き方にも見えますよね。そういう普通の人生を形式的に知っているからこそ、どこかで外れてしまった時に人は不安になります。

    まぁ、普通の人生を歩んでいる人なんてそうそういないとは思いますけれど。こんなに順調な人はいるのでしょうか??


    私は「普通の人生」にはなれなかった

    正直に言うと、私は今もずーっと普通の人ではありません。いえ、人というよりも生き方ですね。「普通の人生」を歩めていません。10代で挫折を味わい、もう勘弁だと思っていた矢先に、20代ではさらに試練が続きました。

    • 転職をいくつもした
    • 両親の離婚
    • 母親との絶縁に近い不仲
    • 周りが結婚していく中で、自分は結婚せず(できず)
    • お金がいつもカツカツ
    • 仕事のやりがいもわからない

    そして何度も思いました。「なぜ生きているのだろうか」と。だからこそ、テンプレートのように普通の人生を歩んでいる人が、眩しくて仕方なかったのです。そんな人はそうそういないと知りながらも、そして、どこかでつまらないと思っていても、その平和さに羨ましくなりました。


    普通の人なんて、実はいないよ

    ここが、この記事で一番伝えたいポイントです。今日まで生きてきて思うのは、普通の人はいないということ。もっと正確に言うなら、「普通の人生の人はいない」です。一見「普通」に見える人も、

    • 見えない悩みを抱えていたり
    • 努力や我慢を積み重ねていたり
    • 偶然や環境に支えられていたり

    しています。私の両親だってそう、親戚も、友達も、職場の人も・・・いろいろとお話しを聞いていると「えーっ!!」と仰天してしまいそうになる闇が見えてくるのです。それでも、人に言えないレベルのものはまだまだあるでしょう。私も、誰にも言えない闇を抱えています。つまり、普通に見える人生はあっても、完全に普通な人生は存在しないのです。いうなれば、どんぐりの背比べ!


    普通の人生が羨ましい人へ

    「それでも普通の人生が羨ましい」私もずっとそうでした。今でもどこかで思っています。それと同時に、「でも無理でしょう」とも思っています。今ならわかります。私が羨ましかったのは、ただの普通ではありません。

    • 平安の中で
    • 順調に
    • ステップアップしているように見える人生

    でした。悩みがない人生とも言えます。そんなこと、人間には与えられていないと思いますけどね。残念ながら、試練の連続です。それが大変なので(だから試練なんだけど)、「安心できる人生」に憧れていたのでしょう。


    「何者かになりたい」と思った20代後半

    普通の人生が手に入らないと気づいたとき、私は逆方向に振れました。

    「何者かになりたい」
    「お金を稼ぎたい」

    平凡でいたくない、と思ったのです。正直、すでに普通の人ではないのに、けれどそれは恥ずべき人生の汚点のようなもので、いい意味での普通の人とは違いますからね・・・そう認識していました。特別な才能があるとも思えないがゆえ、「成功」を求めました。でも、その成功が何なのか、自分でもわかっていませんでした。


    私が出した答え

    そして、ようやく辿り着いた答えがあります。別にさ、何者かになろうとしなくていいんじゃない?ということです。それこそ、成功を求めなくていい。何者かにならなくていい。何か肩書きだとか大きなことをやり遂げようと踏ん張らなくていいということ。

    何か大きな事業をして世に出る人は、すごいからではなく、そういう賜物が与えられているだけだからです。これに気づいたのは、本当にごく最近です。すべて良きものは、この世のすべてを造られた方(神様)から来ているからです。ですから、猫が鳥になるということはなく、鳥が人間になるということはなく、それぞれに与えられている領分があるからです。

    • 無理に目指さなくていい
    • 比べなくていい

    そう思えるようになりました。人のものを欲しがるな、とも言えますね。

    あなたは隣人の家をむさぼってはならない。隣人の妻、しもべ、はしため、牛、ろば、またすべて隣人のものをむさぼってはならない」。

    旧約聖書 出エジプト記 20:17

    普通の人生にこだわらなくなった理由

    私には私の範囲があります。私には私の役割があります。「事業」とまで言うと大げさですが、確実に、自分に与えられている場所があるからです。そして気づいたのは、答えは自分の内側にはないということ。いくら内観しても、まるで蛇がとぐろを巻くように同じことの繰り返しでしかありません。成長ではありません。

    人は日々アップデートしています。だから、「これが正しい人生」「これが普通」と決めつけること自体が、ズレているのかもしれません。ましてや、自分の外部があれこれと「普通とは〇〇である」のようにあたかも常識的に提示しているのがおかしいと思うわけです。


    まとめ|普通の人になれないのは、むしろ自然

    最後にまとめます。

    • 普通の人はいない
    • 普通の人生も存在しない
    • 羨ましいのは「安心」であって「普通」ではない
    • 何者かになる必要もない

    そして何より、普通の人になれないのは、失敗ではなく自然なこと。むしろ、普通の人ではないからこそ、自分の人生になるのだと思います。そう思うと、むしろ「普通の人になってはいけない」と思うのです。ゆえに、普通の人生を目指すのはおかしなことです。そもそも、普通なんてあってないようなものですから。幻ですよ。


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